【意外な真実】「中庸」が心の安定の最適解である理由

こんにちは~池さんです(#^^#)

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【意外な真実】「中庸」が心の安定の最適解である理由

あなたは「中庸」という言葉を知っていますか?

中庸という言葉は普段聞きなれない言葉ではありますが、中学生や高校生の国語や道徳の授業で習った人もいるのではないでしょうか。

この言葉はメンタルヘルスを考える上で非常に重要な意味を含んでいます。

そして、この「中庸」という考え方を身につけると、心理的にさまざまなメリットがあります。

もう少し詳しく解説していきましょう 💡 

この記事は、以下のような人におススメです!

・「中庸って何?それが心理的にどう役立つの?」と疑問を持っている人
・考え方を変えると行動や習慣が変わり、人間関係にも影響があると思っている人
・もう少し楽にものごとを捉えたいと考えている人

【意外な真実】「中庸」が心の安定の最適解である理由

中庸とは、『論語』で有名な孔子が絶賛した思想の1つであり、儒教の基本的であり基準である教えです。

ちゅう‐よう【中庸】  〘名・形動〙 特定の考えや立場にかたよらず、中正であること。行き過ぎや不足がなく、常に調和がとれていること。 「━を得た意見」

出典先:明鏡国語辞典

この中庸という概念が心理的健康や精神的安定においてとても重要な役割を果たしているので、紹介していきます😊

「極端」な考え方や行動は生きづらさを招く

人は常識から外れた考え方や集団から飛びぬけた存在を忌み嫌い避けたがります。

そのためにルールを作り、みなが同じ規範の中で生活することを良しとしてきたからこそ人類はここまで進化を遂げてきたと言えるでしょう。

それは同時に、全体で足並みを揃えないと調和が取れないことを意味し、すこしでも和を乱そうものならこれでもかと総批判を受けることもあります。

「普通であること」が最も心地よく、角が立たず温和に生活することができます。

つまり、「生きづらさ」の根底には、周りから極端に逸脱した状態が続いていると言えるでしょう。

そこには、変わった考え方や空気を読めない態度、常軌を逸した価値観、反抗的な行動、突出した思想などがあります。

これらの「当たり前」や「常識」から外れれば外れるほど、世間からの風当たりは強くなり、少しずつ周りから迫害を受けることになるでしょう。

少なくともそうした環境からの圧力を最低限に止め、平穏な日常を過ごしたいのであれば、周りに上手に溶け込み、波風立てずに世間の声に同調して生活することが一番です。

しかし、そうは言っても多様性や多文化社会の現代においてもはや何が「常識」で「普通」なのか曖昧になってきています。

これら「当たり前」の境界が分かりにくくなることで、もはや各々が独自の「常識」と「普通」を持つようになります。

つまり、「自分と違うことは間違っている」という危険な考えに行きついてしまいます。

この思想が強い人の近くにいると、それだけで肩身が狭くなります。

反対に、思想の強い人はそれはそれで違った生きづらさを感じているかもしれません。

ゆえに、人は人間関係で悩み、ストレスを感じ、心が疲れてしまうのでしょう。

共感性や受容性、柔軟性といった広い意味での「中庸」が人々の間に浸透することで、これらの問題は多少解消されていくのではないでしょうか。

「常識を覆した者」が時代を作ってきたのも事実

一方、「普通」や「当たり前」をひっくり返したからこそ時代は変わり、革新が起き、「新たな常識」が生まれているのも事実です。

誰からも理解されず、周りから誹謗中傷を受けながらも自己実現を果たして成功した人物は成功をおさめ、歴史に名を残しています。

もちろん全員が栄光を勝ち取ったわけではなく、数多の失敗や挫折を経験したでしょうし、成功する前に諦めてしまった人もいるでしょう。

我々の想像を絶する困難に立ち向かうメンタルを持ち、自分の信念を貫き通すタフさがあったことは間違いないでしょう。

したがって、「常識を逸した考え方や思想」が必ずしも悪とは限りません。

良くも悪くも時代を作ったり常識を壊してきた人々は人とは圧倒的に違うことをしてきたのです。

私たちが「中庸」の思想に学ぶこと

私たちの多くが常識を持った節度ある一般市民です。

どんな批判にも意見を曲げない人たちとは違い、周りからのバッシングは簡単に心を壊してきます。

極端であることが間違っているのではなく、極端であるがゆえに周りからの攻撃を受けやすくなるのです。

詰まる所、バランス感覚のよい人が一番心の安定を図っていると言えるでしょう。

過度に自分の主張を押し出すことなく、相手の意見を上手く聞き流して無駄に反応をしないことも時には必要です。

相手に期待しすぎず、自分に落胆しすぎず「まぁこんなもんか」と思えたら心はだいぶ落ち着くでしょう。

少し話は逸れますが、心理学では、ウィニコットが提唱した「ほどよい母親」という概念があります。

 ほどよい母親とは、特別に優秀な育児能力や育児への強い熱意を持っている母親のことではなく、子どもに自然愛情と優しさを注ぎ一緒に過ごす時間を楽しむことが出来る母親のこと。ほどよい母親は、子どもの発達段階や要求水準、身体的・精神的能力に合わせて、子どもの依存心(愛情欲求)を満たしながら、心理的自立を少しずつ促進することができる。

引用元:「世界一わかりやすい心理学」

これは必要以上に子どもを甘えさせず、かといって早期に放任するのでもなく丁度いいあんばいで関われるバランスのよい母親のことを指しています。

このバランスが崩れてしまうと、過干渉で子どものことには何でも口を出す親や養育に関心を示さないネグレクト気味な保護者に二極化します。

どちらも極端な母親像ですが、世の中にはたくさん存在しており、親子でとても苦しんでいるケースも稀ではありません。

このような母親の子育て状況に至るまでには数えきれないほどたくさんの要因が複雑に絡んでいる場合があります。

一概に解決策が提示できず、支援が難しいこともあり、支援者も頭を悩ませていることも多々あります。

それでも現実的な困難さから着手し、1つ1つのアンバランスさを修正していき、「中庸」に近づいていくことで少しずつ生活も心も安定していくでしょう。

それが段々「生きやすさ」に繋がっていくのです。

まさに、「中庸」が心の安定の最適解の1つであると言えるでしょう。

もちろん人生山あり谷ありで楽なことばかりでも辛いことばかりでもないですが、特定の考えや立場にかたよらず、中正であることを意識することで心を守ることができます。

何事も行き過ぎや不足がなく、常に調和がとれていることは心の安定にきっと良い働きをもたらすでしょう😊

まとめ

今回は、【意外な真実】「中庸」が心の安定の最適解である理由というテーマでお話をしました。

「どの考え方が合っている」「どの価値観が間違っている」ということはなく、人の数だけ正解も不正解もあり、正義も悪もあり、好きも嫌いもあります。

自分の意志だけを貫き通すだけでも、相手の意見を何でも受け入れるだけでも心のバランスはとれません。

AとBという二つの思いがぶつかっているとき、意外とCという中間地点が正解だったりします。

長所と短所を柔軟に切り替えて見れると、見えている景色がガラッと変わることがあります。

特定の思想や考え方に固執するのではなく、物事を中立的な視点から観察し、視野を広げられると次第に考えと感情に変化が現れるでしょう。

そうすると人との関わり方が変わり、生活が変わり、人生が変わるでしょう。

それが「生きやすさ」へと変わったとき、本来のあなたらしさが回復できた証拠です。

1人1人がそのような生き方を選択できるような世の中になれば良いなと感じますし、支援者としてそうした生き方のお手伝いができたらなという私的な感想を述べて閉めさせていただきます 😀 

メンタルヘルスについては以下の記事をご参照ください。

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本日のお話は以上になります。最後まで読んでいただきありがとうございます。

今日も素敵な1日をお過ごしください。池さんでした(#^^#)

ではまた明日お会いしましょう😊

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